ルーブル合意

   1985年、ニューヨークのプラザホテルに先進5ヵ国の蔵相・中央銀行総裁が集まり、ドル安を目的とした国際協調を決議しました(プラザ合意)。その結果、米国の思惑通りにドルは下落。しかし、米国といえどもマーケットを自由にコントロールできるものではありません。ドルが想定以上の勢いで急落したのです。

   そこで急きょ、G5にイタリヤとカナダを加えたG7が、パリのルーブル宮殿に召集されました。1987年2月22日のことです。ドル安の流れを止めるため、日本の内需拡大やアメリカの財政赤字圧縮などが合意されました。これをルーブル合意(Louvre Accord)で呼びます。為替相場については、当面の水準で安定させる旨の声明を発表。しかし市場はこれを信任しませんでした。日米の協調介入も空しく、ドル安の流れは同年いっぱいまで続くこととなるのです。

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