預金封鎖

預金封鎖とは

   預金封鎖とは、金融機関に預けた自分の預金が自由に引き出せなくなることです。あり得ないことのように思えますが、世界を見渡すと近年でも起こっていますし、過去には日本でも実際にあったことです。預金封鎖は金融機関が固有の事情で独自に行う場合と、国が政策として強制的に行う場合があります。

金融機関が行う預金封鎖

   例えばある銀行の経営が危ないらしいという噂が広まると、預金者が一斉に預金を引き出す「取り付け騒ぎ」へと発展することがあります。そうすると、噂の真相がどうであれ、その銀行は資金不足となって本当に破綻へ追い込まれる危険が生じます。そこで銀行は一時的に預金封鎖を行い、事態の沈静化をはかるわけです。ギリシャ債務危機の際には実際に預金封鎖が行われました。

   日本はどうでしょうか。日本ではペイオフ制度があるので、銀行が破たんしても1000万円までは一応保障されています。しかしそれ以上は保証されていませんし、ペイオフにしても本当にお金が帰ってくるのか不安になるでしょう。取り付け騒ぎが起こらないとは言い切れません。

国が行う預金封鎖

   この場合は国中の銀行が対象になります。国が預金封鎖を行うということは何か異常な事態が起こっているわけですが、基本的には財政破綻が背景にあると考えられます。その打開策を実施するために預金封鎖が必要となるのです。具体的には次の二つのケースが考えられます。

  1. 預金に対する課税の実施
    預金そのものに課税して財政赤字を穴埋めするケースです。預金はすでに所得税などが引かれているにもかかわらず、さらに課税しようというわけです。そのために預金を封鎖して金額を把握し、有無を言わさずお金をもぎ取るのです。ちなみに預金を含めてストックである財産への課税を財産税と言います。日本では平成28年から個人番号制度が始まりました。これは個人(法人)の財産や収入を把握しやすくするための制度ですが、財産税への準備だとうがった見方をする人もいます。
  2. 調整インフレと通貨単位の変更
    通貨の単位を変更して、国の借金を実質的に減額してしまうケース。仮に世の中がハイパーインフレになったとします。するとモノやサービスの値段の桁が加速度的に増えて生活が不便になってきます。それを解決するために、単位を例えば100分の1にします(いわゆるデノミです)。すると1万円していたものは100円になるわけです。これにあわせて預金封鎖を実施し、一気に新しい通貨への切り替えを進めます。デノミ自身は単に単位の変更にすぎないので、通貨の価値を変えるものではありません。しかし実際には錯覚が作用して、インフレに対して鈍感になります。インフレは通貨価値の下落ですから、国の借金も実質的に軽くなります。実際、日本では終戦の翌年に預金封鎖とデノミが実施された歴史があります(参考記事:デフォルト)。

預金封鎖への対策

   日本で預金封鎖が起こる可能性は今のところありません。しかし、日本政府の借金は他国に類がないほど巨額です(参考記事:日本の財政事情)。景気が危機的に悪化したり国家紛争の当事者になったりした場合には、預金封鎖が現実味を帯びる日が来ないとも言い切れません。もしそうなった場合、具体的には以下のような対策が考えられます。

  1. 財産を現預金以外のものに替える…基本的には株式などの有価証券類、不動産、金(ゴールド)などが考えられます。確かに預金封鎖という事態だけならある程度は有効策かもしれません。しかし、個人番号制が導入された今では、預金以外の財産全体に課税される可能性が高いでしょう。結局のところ、国にお金の流れが把握されていますので、逃げられないということです。
  2. 海外へ逃避する…国外なら日本の法律は適用されませんから、ひとまず安心でしょう。しかし問題は国内に持ってこれないことです。その時点で課税されたり、新しい通貨制度が適用されてしまうからです。

FXを利用した預金封鎖対策

   結局のところ、個人番号制度が導入された後では、決定的な対策というものはありません。そこで預金封鎖が起こるような経済情勢を逆手にとってチャンスに変えるという発想もあります。具体的には、預金封鎖が起こるような状況では、円の価値は確実に下がります。そこで外貨預金をしたり、FXで円を売ってドルを買う取引を行います。もちろんその利益も封鎖や課税の対象となりますが、ピンチをチャンスに変える発想が重要なのです。

日本で実際にあった預金封鎖

   参考までに、日本で実際に行われた預金封鎖について触れておきます。実施されたのは1946年2月、終戦から半年ほど経った時でした。銀行預金は生活に必要な最小限度しか引き出せなくなったのです。そしてその9か月後、財産税法が施行され、預金から強制的に税金を徴収しました。税率は少額預金では25%程度。それでも高率ですが、高額の預金に対しては最高で90%もの税が課されたのです。日本では戦前から続く裕福層があまりいないのはこのためです。<.p>

   なぜ政府はここまでの強硬策に踏み切ったのでしょうか。それは言うまでもなく、戦争で財政が破綻していたからです。太平洋戦争に費やした戦費は累計で国家予算の70年分という途方もない額でした。そのほとんどは日銀が国債を直接引き受ける形で調達されました。まさにマネタイゼーションです。当時の政府債務はGDP(当時はGNP)の2倍を超えるまで膨らんだのです(実はこれは現在とほぼ同水準なのですが、当時の日本経済はまだまだ脆弱でした)。

   戦争が終わって価格統制が外れると、猛烈なインフレが国民を襲いました。政府はインフレの鎮静化と財政の立て直しを実現する究極の選択肢として、国民の預金に目をつけたわけです。当時はまだ明治憲法が効力を持っていたので、こうした蛮行が可能だったわけです。

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