長期的な円の需給関係

為替相場と需給関係

円の需給関係為替相場は様々な要因で動きますが、自由な取引を前提とすれば、二通貨の需給が均衡する水準に収れんします。例えば市場で円高見通しが強くなり、FXを行っている投資家が円買いを活発化させた場合、円に対する需要が高まります。このため実際に円は高くなります。しかしヘッジファンドが大挙して円売りを仕掛けると、今度は供給が増えて円の値段は下がります。ただこうした短期的な取引は、長い目で見れば需給関係に対しては中立です。程なく反対売買を行って取引を清算するからです。

   このため、中長期的な相場の趨勢を考える場合は、実需家の動向を知る必要があります。実需家の取引は需給関係に対して一方向だからです。例えば日本で言えば、自動車や機械製品のメーカーは代表的な円の実需家です。彼らは社員に給料を支払うため稼いだドルなどの外貨を売って円に替える必要があります。これは短期的な投資家のような両方向の取引ではありません。

   また、電力会社はドルを必要としている実需家です。彼らは利用者から徴収した円を売ってドルに替え、石油などの燃料を輸入します。衣料品や食品などの輸入業者も外貨を必要とするため、円を供給する側です。どちらのサイドも実需家は存在しますが、輸出立国という戦後日本の産業構造から、全体では円の需要が供給に勝る状況が続いてきたのです。この結果、1ドル360円の時代から史上最高値である75.32円をつけた2011年10月まで、大勢としては円高傾向が続いてきました。

円の需給関係に変化

こうした円の需給関係も史上最高値の後は変化してきています。一言で言うと、国際収支は貿易黒字が大きなファクターだったシンプルな構造からもう少し複雑になってきているのです。

貿易収支

まず貿易収支の変化を見ていきましょう。貿易収支は2010年まで黒字が続いていました。1980年代から90年代前半には年間10兆円を上回る黒字を出していたほどです。しかし2011年には小幅ながら31年ぶりの赤字に陥りました。原因としては、輸出相手国の景気悪化といった循環的要因、現地生産の増加や日本製品の競争力低下といった構造的要因、そして同年3月に起きた東日本大震災の影響で、原油や液化天然ガス(LNG)の輸入が大幅に増えことが挙げられます。

その後も毎年赤字額の記録を更新し、2014年には約12兆8000億円まで拡大したのです。この頃は日本の貿易収支は赤字体質になったという見方もありました。しかし結局ここを底として反転に転じます。アベノミクスによる円安や原油価格の下落がその理由で、2016年には黒字を回復しました。2017年現在では、黒字の月と赤字の月が混在している状況です。高度成長期のように大幅な貿易黒字を計上することはないものの、赤字体質になったというわけではないようです。為替相場や世界の景気に左右されてどちらにも振れると考えておくべきでしょう。ですから、貿易収支が円の需給関係に与える影響は一方通行ではなくなっているということです。

経常収支

では貿易収支に所得収支とサービス収支を合わせた経常収支はどうでしょうか。こちらも貿易黒字の減少傾向を反映して、2011年ころのピークから2014年までは黒字幅が急減しました。あやうく赤字に陥るところだったのですが、その後は黒字が再び拡大しています。

実は2017年現在では過去最高に近い水準まで回復しているのです。もちろん貿易黒字の影響もありますが、見逃せないのは所得収支黒字の増加傾向です。企業が海外子会社から得る配当金や債券投資の貢献が高まってきています。一昔前なら日本の稼ぎ頭は貿易だったのですが、今や投資や金利収入で稼ぐ体質に移ってきているというわけです。

需給関係の変化

2014年頃は貿易黒字の減少をうけて円の需給関係が変わり、円安傾向が強まるという見方が多数派を占めていました。しかし上記のとおり、所得収支という新たな稼ぎ頭の登場によって、円需要の超過という構図は変わっていません。貿易黒字のように目立つ存在ではありませんが、需給面で見た円高圧力は10年前とあまり変わっていないということです。

円の需給関係と対外証券投資

   円の需給関係を考えるうえで一番の要因は貿易収支ですが、対外証券投資も勘案する必要があります。対外証券投資とは、国内居住者が海外の債券等に投資することで、日本は諸外国に比べて非常に少ないのが現状です。日本の家計は約1500兆円もの金融資産を保有していますが、外貨建ての資産は3%程度しかありません。これが10%に上昇していくと、100兆円規模の円売り需要が発生することになります。需給関係に与えるインパクトは相当なものです。

   もちろん、個人が投資する以外に、預金や保険料などの形で個人の金融資産を預っている銀行・保険会社が海外証券投資を活発化させても効果は同じです。いずれにしても、円と外貨の金利差が拡大したり、中長期的な円安見通しが定着することが必要条件になります。対外証券投資は財務省が毎月発表していますので、ご自身でチェックすることをお勧めします。

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