ヘッジファンド
ヘッジファンドとは
ヘッジファンド(Hedge Fund)は投資信託の一種です。お金をプロに預けて運用してもらう金融商品ですが、顧客数を一定以下(米国の場合で99人、日本では49人)に絞っているところがポイント。そうすると、公募ファンドに比べて法令の適用が緩やかになり、設計や運用の自由度が飛躍的に高まるのです。また、顧客数を限定しているので、一人当たりの投資額は当然に大きくなり、裕福層や機関投資家向けのファンドという側面もあります。
ヘッジファンドは世界中の金融市場や不動産市場に投資し、運用手法も様々です。ただ共通していることは、積極的にリスクをとり、ハイリターンを狙っていく点。ポンド危機のジョージ・ソロスやリーマンショックのジョン・ポ−ルソンは売りで巨額の利益をあげました。一方で、タイガーファンドやLTCMなど破綻していったファンドも少なくありません。
踊り場を迎えたヘッジファンド
2019年現在、世界には1万本近いファンドが存在し、引用残高は約3兆ドルを超えると推定されています。金融商品市場におけるヘッジファンドの存在感は高まるばかりですが、リーマンショック後は様子が変わってきています。ファンドの数自体は頭打ちで、横ばいとなっています。1990年以降は急ピッチで増加していましたので、明らかな変調です。また、増加の一途だった運用残高も近年は横ばいとなっています。
その原因は、パッシブ運用の隆盛です。リーマンショック後の2008年以降、S&P500の運用成績(配当込み)はヘッジファンド全体の成績を上回っているのです。世界的な金融緩和で1千兆円以上のお金が供給された結果、世界の株式の時価総額はその間に2倍になりました。リスクを取らなくても買い持ちしていれば誰でも儲けることができたのです。そんな状況でしたから、ヘッジファンドは脇役に追いやられてしまいました。ただし、いつかまたアクティブ運用の時代が来るのかもしれません。
- パッシブ運用は運用成績が株価指数などの市場平均と連動するように運用する手法です。これに対して人の判断で市場平均を超える成績を目指す手法をアクティブ運用と言います。詳しくは「ランダムウォーク理論」をご参照ください。
ヘッジファンドの取引手法
ヘッジファンドはもともと、株式相場の下落をヘッジするために作られました。デリバティブを使い積極的にカラ売りを仕掛けたところに、その名の由来があります。しかし今ではヘッジファンドの取引手法は実に多様化しています。その中で主要なものをご紹介しましょう。
1.ロング・ショート
ロング・ショートはヘッジファンドの起源であり、今も最も多く採用されている手法です。上記の300兆円のうち36%程度をロング・ショートが占めています。相場用語でロングは『買い』、ショートは『売り』を意味しますので(参考記事:ロングとショート)、ロング・ショートはその名のとおり、買い持ちと売り持ちの両方のポジションを同時に取る戦略です。と言っても、単純に相場の方向性を予測してそうするのではありません。過小評価されている割安な銘柄を買うと同時に、過大評価されている割高な銘柄を売るのです。そうすることで、マーケット全体の上げ下げに影響されず、利益を追及することが可能になります。
ロング・ショートは主に株式で用いられる手法で、同じような値動きをする同業他社を比較して、割高・割安を考えるわけです。そうしたゆがんだ状況がいずれ修正されれば、利益を得ることができます。逆に、割高・割安の判断を誤り、その傾向が強まれば損失となってしまいます。
2.マーケット・ニュートラル
マーケット・ニュートラルを直訳すると『市場に対して中立的』という意味です。売りと買いを組み合わせることによって、市場全体の上げ下げに影響を受けないように工夫します。その意味でロング・ショートと同じカテゴリーに入ります。ただ、投資対象のミスプライシング(適正価格からかい離した状態)を発見する手法や、中立状態を管理・維持する手法は、計量化・システム化され、ロング・ショートよりも一段と洗練されています。マーケット・ニュートラルもヘッジファンドの主要な戦略の一つですが、相対的に低リスク・安定的な手法であると言えます。
3.アービトラージ
アービトラージは裁定取引とも言われる手法で、売りと買いを組み合わせる点はロング・ショートやマーケット・ニュートラルと同じですが、ミスプライシングに投資することでリスクを押さえています。理論的には同じ価格であるはずの二つの銘柄に価格差が生じた場合を、チャンスとするのです。例えば、株式では同じ銘柄でも複数の市場に上場する場合、別の価格がつく場合があり、こうした機会をとらえて割高なほうを売り、割安なほうを買うわけです。CB(転換社債)とその現物株を対象としたCBアービトラージはヘッジファンドの有力な手法の一つです。
一般的に、価格のゆがみが生じる場合があり、それが必然的に解消されるならば、アービトラージの対象となりえますが、ただ、そうした機会はあまり多くありません。そこで、アービトラージほど厳密な理論価格ではなくとも、相対的な価格のゆがみに投資する手法を『レラティブ・バリュー(相対価値)』と呼びます。ヘッジファンド最大の破たんとして歴史に名を残すLTCMは、この手法を採用していました。
4.イベント分析
イベント分析は、イベント・ドリブンとも言い、企業のM&A(買収・合併)などのイベントを利用して収益を追及する手法です。例えば、A社とB社の合併が発表された場合、両社の株価はその期日にむかって、合併比率を反映した水準へ修練していきます。その過程で、割安なほうを買い、割高なほうを売る取引を行い、ゆがみが解消された時点で反対売買を行って収益を確定します。ただし、合併が解消されるなどのリスクがあります。
5.グローバルマクロ
グローバルマクロは、その名が示すように世界中の金融市場に目を光らせ、マクロ経済をはじめとするファンダメンタルズ要因にもとづき、相場を張る手法です。最も有名なのは、ジョージ・ソロスが率いたクォンタム・ファンドでしょう。ポンド危機やアジア通貨危機で巨額の利益を得たケースは、グローバルマクロの典型的な成功例です。ただ、上記にあげた手法のように具体的なスタイルをもっているわけではなく、ファンド・マネージャーの個人的な力量に依存する部分が大きいため、今ではヘッジファンドの主要な手法の座を退いています。
時代とともに変わる取引手法
ヘッジファンドが最初に注目を集めた1990年代は、グローバルマクロが主流でした。しかし1998年のロシア危機ではLTCMが破綻するなど、大きな痛手を被って衰退していきます。2000年頃のITバブル時代はロング・ショートが主流となりました。ITバブルは2001年に弾けましたが、カラ売りを駆使して生き延びたファンドも多くいました。ただ粉飾決済スキャンダルが相次ぐなどしたため、次第に人気を失っていきます。
その後は株式相場が低迷するなか、アービトラージやイベント分析などの取引手法が生まれました。2000年代も後半に入ると、世界的な金融緩和で溢れたマネーの受け皿として、ヘッジファンドの設立が相次ぎました。しかし今度は信用バブルがはじけてリーマンショックが発生し、ヘッジファンドは解約が相次ぐ受難の時代へ。現在は複数の手法を組み合わせるマルチストラテジーが主流となっています。(関連記事:バブル)
また近年の潮流として、取引の判断をコンピュータが行うアルゴリズム取引の台頭があります。上記手法のうち、マーケット・ニュートラルやアービトラージはアルゴリズム取引が主流です。グローバルマクロ、イベント分析、ロング・ショートは人間の裁量に頼っていますが、いずれはAIが判断するようになるのかもしれません。
ヘッジファンドとFX
ヘッジファンドは為替相場の動向にも大きな影響を与えます。特に短期間で大きく動く場合はヘッジファンドの存在が考えられます。一般的に、そうした大きな動きを生むのは市場介入(為替介入)がありますが、その他には巨大な資本が動いた場合も考えられます。その代表者はソブリン・ウェルス・ファンド、ザ・セイホ(生命保険に代表される日本の機関投資家)、そしてヘッジファンドと言われています。ヘッジファンドはプライベートファンドであるためその売買動向は霧の中ですが、コミットメンツ・オブ・トレーダーズがある程度参考になります。