新興国通貨の下落と円相場

2013年の為替相場

   2013年5月の米議会証言で、FRBのバーナンキ議長がQE(量的緩和策)の縮小を示唆する発言をしました。金融市場は即座に反応。米長期金利が上昇したのは言うまでもありませんが、目を引いたのは為替相場新興国通貨を売る流れが起きたことです。12年末と13年8月末を比較すると、インドルピーと南ア・ランドは約17%も下落。ブラジルレアル、アルゼンチンペソ、トルコリラ、インドネシアルピアは10%以上下落しました。その他の新興国通貨も軒並み売られました。なぜ、こうした現象が起きたのでしょうか。主な理由としては次の点が考えられます。

  • 米金融政策の不透明感が高まってリスクアペタイトが低下。株式など新興国への投資を縮小する動きが強まった。
  • 米国債の利回りが上昇したため、ドルを調達する需要が発生した。

   米国の量的緩和策によってもたらされた金余り状態は新興国への資金流入を促進しましたが、その巻き戻しが起こったわけです。しかし、この動きには温度差がありました。メキシコペソやタイバーツなどは5%以下の下落で収まっているのです。インドルピーと南ア・ランドに比べれば軽傷です。

   この違いは、一言で言えば信用力の差に起因したものでした。具体的には経常収支外貨準備、対外債務、経済成長率、インフレ率などですが、中でも経常収支が選別の主たる基準となりました。国内総生産に占める経常赤字はインドが5%、南アフリカが6%に達しています。一方、ブラジルの経常赤字がそれほどではない割りにレアルは売られました。これは主な輸出先である中国の景気減速による経済成長への懸念とインフレが要因でした。東欧のチェココルナやポーランドズロチも経常赤字を抱えながら下落率は5%に届いていません。こちらは、欧州経済が最悪期を脱出しつつあったことと関係しているようです。

以前にもあった新興国通貨の下落

   新興国通貨が米国の金融政策に反応して下落した例は過去にもあります。1995年におこったメキシコ通貨危機もFRBの利上げが主な要因でした。94年2月から94年末にかけて、政策金利は3.0%から5.5%まで引き上げられました。世界で最も安全な資産である米国債の利回りが高くなると、リスクをとって新興国へ投資する理由が薄れるのです。通貨史上有名なアジア通貨危機では、米国の金融政策が直接の原因ではありませんでしたが、政策金利はやはり5%を越えており、米国へ資金が還流しやすい環境にありました。

   こうした歴史的な金融危機を経験した新興国は、セーフティーネットの構築に取り組みました。外貨準備高を積み増したり、他国と資金を融通しあうスワップ協定を締結したのです。外貨準備高の対外債務比率を見ると、タイは220%ほどもあり、マレーシアやフィリピンで100%を越えています(2012年末時点)。また日本や中国も参加する「チェンマイ・イニシャチブ」と呼ばれる協定により、東アジア地域では外貨を融通しあうしくみができています。これらによって、もし自国通貨が売りの標的となっても、政策金利の引き上げなどの他、市場介入(為替介入)による買い支えという手段も取ることができるようになったのです。

新興国通貨が下落すると円相場はどうなるか

   新興国通貨の相場と円相場に直接の相関性があるわけではありません。しかし新興国通貨が下落するのは大抵リスクアペタイトが低下している場面です。そういう場面では、逆の動きとして安全通貨が買われます。つまり円やドルなどに資金が向かうのです。新興国通貨の通貨が売られる原因を見極めることが重要ですが、そのような場面ではひとまず円高への備えが必要と言えるでしょう。

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