為替相場のファンダメンタルズ

   ファンダメンタルズは一般的に『経済の基礎的条件』と訳されます。と言われても、すぐにはピンとこないですよね。例えば、『日本経済のファンダメンタルズは良好だ』と言う場合、経済成長率や企業業績など、経済の土台となるところは良いということです。『こまかい点はさて置き』というニュアンスもちょっと感じられます。

   ファンダメンタルズは為替相場の市況解説記事でもよく用いられる言葉です。ただ、その場合はもう少し意味が限定されて、為替相場に影響を与える要因の中で、政治や経済の外部環境をさします。ファンダメンタルズ分析と言う表現もよく使われますが、これは、こうした外部環境から為替相場の動向を予想する手法のことです。では、FXに関係の深いファンダメンタルズにはどんなものがあるのでしょうか。ここでは以下について順にご説明します。

  • 金利動向
  • インフレ
  • 景気動向
  • 国際収支
  • 財政収支
  • 政治要因
  • 地政学的リスク

金利動向

ファンダメンタルズ

   金利動向は、為替相場を分析するうえで最も重要な項目と言ってよいでしょう。原則として、高金利であったり利上げが予想される状況はその通貨にとって強材料、低金利や利下げが予想される状況は弱材料となります。低金利の国の投資家は、自国の資産で運用するよりも、高金利の国の資産で運用したほうが高い収益を得ることができます。例えば、高金利国の国債で運用しようとする場合、自国通貨を売ってその国の通貨を手当てしなくてはなりません。そうした動きが為替相場に影響を与えるわけです。

   ただし、為替相場のリスクを負いますので、金利差は一定以上ないと投資意欲は出てきません。サブプライム問題リーマンショック以前の比較的高金利だった時代には、ドル/円の場合、日本の機関投資家が対米投資を活発化させるには4%程度の金利差が必要だと言われていました。ただこれは円高リスクが意識されていた頃の話しですので、中長期的な円高リスクが軽減すれば、目途になる金利差水準も低下することになります。

   なお、高金利だからと言って、単純に買い材料だと考えるのは危険です。度が過ぎた高金利の裏には、インフレとか通貨防衛などのネガティブな要因が隠れている場合があるからです。インフレは次でご説明するように、通貨の価値を低下させる要因です。したがって、金利だけで判断せず、その他の諸条件を含めて総合的に判断する必要があります。

インフレ

   インフレは物価が上昇することですが、別の側面から見ると、通貨の価値が下がることでもあります。例えば1年間で物価指数が3%上昇した場合、モノやサービスの価値が上がったという見方と、モノやサービスの価値は変わらず、通貨の価値(すなわち購買力)が3%下がったという見方もできるわけです。ですので、インフレは通貨にとって弱材料となります。特に、モノやサービスが不足してインフレとなっている場合よりも、通貨の供給量が増加してインフレになっている場合は、為替相場に下げ圧力が加わります。

   また上述したように、金利水準は為替相場にとって重要なファンダメンタルズの一つですが、名目金利よりも期待インフレ率を考慮した実質金利のほうがより重要です。例えば、仮に日米の金利差がゼロだったとしましょう。しかし米国のインフレ率が2%、日本がデフレで−1%だとすると、実質金利の差は3%もあり、円高要因になりえるわけです。インフレについては次のページで扱っている購買力平価でも触れていますので、参考にして下さい。

景気動向

   景気の動向は、金利政策を左右しますので、為替相場の重要なファクターとなります。また、景気の良い国はビジネス・チャンスも豊富ですから、海外の企業がその国に工場を建てたり、企業買収を行うなどの投資を行います。そこには通貨の需要が生じますから、その国の通貨には上昇圧力がかかることになります。

国際収支

   為替取引が自由化されており、レートが市場で決定される場合、為替相場は需給関係に大きく影響を受けます。モノやサービスの値段が需給関係で決まるのと同じです。では、通貨の需給関係は何によって左右されるのでしょうか。長期的に見るとそれは国際収支だと考えられます。国際収支には、物品の貿易だけでなく、資本取引や海外旅行などから生じる全ての収支を含みます。

国際収支実際、国際収支に基づく需給関係は為替の長期トレンドに影響を及ぼします。大幅な黒字国である日本の円は、歴史的に上昇圧力にさらされてきました。外国へ商品を輸出して受け取った外貨は、市場で円に変えなければなりませんから、常に円の需給は需要超過だったわけです。一方、米国は巨額の貿易赤字を抱えていますが、なぜドルは暴落しないのでしょうか。それは、資本収支がこれを補って余りある黒字だからです。世界の政府や機関投資家は、流動性と安全性を兼ね備えた米国債に投資しています。輸入代金の支払いでドルは流出しますが、海外からの投資によってドルは流入します。このバランスは入超なのです。それゆえ、全体の需給関係で見れば、ドルは余っているというわけではないのです。

財政収支

   財政収支というのは、政府の収入と支出の帳尻です。収入の柱はなんと言っても税収、支出は公共投資とか社会福祉などです。景気が悪くなると政府は公共投資を行って景気を刺激しますが、その結果、財政収支は悪化します。反対に景気が良くなると税収が増え、財政収支は好転します。ただ、主要な先進国はたいてい財政赤字を抱えています。政府は政権維持のために常に景気を良くしようとします。その結果、財政出動に頼りがちとなるからです。財政赤字は国債を発行して補填しますが、健全な財務状態とは言えません。なので、財政赤字はその国の通貨にとっては弱い材料となります。

   ただ、日本は多額の財政赤字を抱えていますが、それが円安要因として働いたことはこれまでありませんでした。一部のヘッジファンドは財政赤字を材料に何度か円売りをしかけたと言われていますが、そのたびに失敗したらしいのです。その理由は、国債の90%以上が安定的に日本の国内資金(預貯金等)で消化されているから。外資に頼らなくても、邦銀が潤沢な個人金融資産をバックに買ってくれているのです。しかし、国内資金がいよいよ枯渇したとき、景色は一変するかもしれません。また、機軸通貨であるドルにとっては、財政赤字は中長期的な相場動向に影響を与える重要なファクターと言えます。

政治要因

   政治要因としてまずあげられるのは通貨政策です。特に米国の政策が重要です。ホワイトハウスで通商代表部がパワーを持っていたとき、為替は通商政策の道具にされました。『これ以上日本からの輸出にドライブがかかるようだと、もっと円高になってもしらないぞ』という空気が漂った時代もあったのです。また、事実かどうかは別として、『米大統領選挙の年は米国内の輸出業者に配慮して円高傾向になる』といったことも言われます。政治不安が高まると、やはりその国の通貨は売られる傾向が強まります。政局が混迷すると、経済政策の決定が遅れたり後回しになったりするためです。

地政学的リスク

地政学的リスク   地政学的リスクも為替相場の変動要因となります。地政学(Geopolitics)というのは、地理的な条件(例えば、仲の悪いA国とB国が隣り合っているとか)が政治・経済にどのような影響を与えるか、を研究する学問です。2002年に当時のFRBの議長だったグリーンスパン氏が使って以来、株や為替の解説記事でも目にするようになりました。

   このときは、米国のイラク攻撃が現実味をおびつつあり、実際にそれが起こったら景気に悪影響を及ぼすリスクがあるよ、という意味で用いられました。その後、地政学的リスクという言葉はテロと結びつき、市場のテーマになった時期もあったのです。イスラム過激派によるテロが話題になると、「地政学的リスクからドルが下落。一方、安全通貨としてスイスフランが上昇。」などという記事がよく見られたものです。

   実際にテロが起こったからと言って、アメリカの景気が悪くなったわけでも、大規模な戦争に結びついたわけではなかったのですが、その頃の市場は「地政学的リスク」が一種のファッションだったわけです。ただ、日本にも、北朝鮮という地政学的リスクの要因はあり、なにもアメリカvsイスラム圏に限った話しではありません。世界がきな臭くなってくると、地政学的リスクが市場のテーマに再び浮上することがあるかもしれません。

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